じぶんかたろぐー自分語logー

30代半ば出産子育てでガラリと変わった日々。アコという2012年2月生まれの娘が1人おります。レールから脱線しまくって生きてきたがまっとうな人間をめざして頑張る(?)自分を語るlogという意味も込め【じぶんかたろぐ】として綴ります。長文語り系はhttp://trigger.hatenablog.comにて別途綴っています。

学校は何をしに行くところか

今日の七田の金言。
今日の金言

よく耕した畑に種を蒔くと、よく育ちます。

解説
学校は本来、新たなことを教わる場ではなく、先に自分で勉強をしておいて、そこで出た疑問点を解決する場であるべきです。
親は、子どもに勉強の方法を教えましょう。
子どもが自分で学校の勉強を予習し、授業ではそれを復習として身につけるというようにしましょう。
一度自分で学んだ方がよく頭に入るのです。
一方で、学校の勉強がすべてと思わずに、自分の好きな研究テーマを持って学んでいく子に育てたいものです。

発展途上国の勉強できない子供達に文房具を送ろう、とか
自分が子供の頃の募金活動とかで、そういう目的を聞いた事があったけれど、

自分が子供の当時は全然ピンと来ずに、
学校に行けないって、どういう事だ!?といった感じでした。

義務教育で、
学校に行くのは当たり前で、
ありがたみも何も感じた事もなく、

両親や市町村、県、国から教育の為に出されるお金の関係もわからず、
物も大切にせず、

できれば学校休んで
家でテレビ観ていたいぜ、的な
どバカな子供でした、私は。

何もかもが当たり前。

小2の時は授業後に友達とふざけて
2階の教室の窓からランドセルを落とし合いをして、
その直下の職員室の窓辺で喫煙をしていた担任の先生の目の前で
2つのランドセルが立て続けに落下していった、という
漫画のようなエピソードがある私です。

ランドセルを落とした直後に下から先生が教室に上がってきて、
私と友達はど叱られ、
2人ともランドセルを一晩教室に置いて行かされ、
翌朝はランドセル無しで登校、
黒板の前並べられた私達のランドセルと共に、
先生からクラス全員に一部始終を報告され、晒し者の刑を受けました。

それでもイマイチ響いていませんでしたからね、
ただ叱られただけで、
ランドセルを落とした事がいけなかった、という理解で、

それを、
両親が自分のために買ってくれた物になんてことをするんだ!?的な意味合いは
解っていませんでした。

自宅でも叱られた記憶が無いです、、、汗。
叱られたのかな、一応、、、。

話が逸れましたが、

子供の頃の私にとって学校は
行く事が決まっているところで、
そこで何か教えられて、テストされて良い点とって、
学年が上がっていって、、、、
自由研究も読書感想文も、
とりあえずこなさないと、許されないから、やる、っていう感じで、

自由研究だって何かを研究したいと思ってやっていないし、
読書感想文だって、いやいや興味も無い読書をわざわざして、
なんか、あらすじ書いて、可哀想だと思いましたー、とか書くだけで、

もう、受け身、受け身、
やらされてる感満載。

それでたまたま成績が良かった事を単純に賞賛していいものか、
自分で疑問に思います。


アコには私の真逆で、
なんで学校に行くのか、
学校で何をしてくるか、
いろいろ教えたいと思います。

正直、現代の教育機関、制度にも
手放しに信頼はおけないので、
良い先生に恵まれれば良いのですが、
それもギャンブルです。

学校で復習するぐらいの姿勢ね、

いろいろ母ちゃんに任せておくれよ。

アコはもうオタマジャクシからカエルへの変態も見ているし、
草花や野菜の成長も見ているし、
メダカの卵から孵化、成長も見ているし、

私も普通に楽しいので、
改めていろいろ学び直したいから、
いーっぱい体験させてあげたいと思います。

ま、時間とお金の関係もあるので、限界もありますが。

私の子供時代のように、
受け身のお馬鹿ちゃんにはさせませんよ?笑

いろんな意味を教えて、
それでアコがやりたくないと決めたなら、
どうぞやめなはれ、と思います。

いくらでもやり直していいから
自分で判断させたいです。

いろいろ当たり前の様に与えられた結果、
私はありがたみの感情に欠けた馬鹿野郎になっていた感じなので、

アコには
いちいち恩着せがましく言おうと思います、笑。






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