じぶんかたろぐー自分語logー

30代半ば出産子育てでガラリと変わった日々。アコという2012年2月生まれの娘が1人おります。レールから脱線しまくって生きてきたがまっとうな人間をめざして頑張る(?)自分を語るlogという意味も込め【じぶんかたろぐ】として綴ります。長文語り系はhttp://trigger.hatenablog.comにて別途綴っています。

キュンとする気持ちを解明したいな

これ、私、昔からある感情。

 

子どもの頃からある感情。

 

日々、自分の子ども発のストレスで辟易していて、もうウンザリしていて、暴言を吐きあったり、怒り狂ったり、もちろん良い事も、そして悪い事も…

 

でも一歩離れて客観視する時の、あの独特のキュンは何だろう。

 

一番直近で感じたのは、最近の朝。

自分が通学路の旗当番で、小学生の子ども達が集合場所に居て、アコが他の子達と仲良く話している所に、ちょっと忘れ物を届けたんだけど…

そこでキュン。

 

なんか私以外の社会に居る姿を見るとキュン。なのかな。

キュンっていうか、なんだろう、なんかこれほんと不思議。まだちゃんと言い表せない。

そこで、アコちゃんのママ~とかやんややんや言われるのがこっぱずかしいので、さっさとドライに去るのだけど、これって授業参観の時も同じ感じかな。

 

後、幼稚園の時もそうだし、その前の保育園の時代も、後、誰かに預けた時に迎えに行く時もそう。

でも、自分が迎えに行く前提のシチュエイションじゃなくて、その朝の集合場所みたいに、アコが無防備に、私を意識していないシーンであることの方が大事で、その点では授業参観はやっぱりちょっと違うかな。

 

そういうのって、親に対してもあって。

 

すごく喧嘩して大嫌いで、っていう状況でも、なんか職場での母親とか、そっちの人間関係とか立場とか想像すると、なんとも言えない気持ちになるというか、うまく表現できないなぁ、、、

 

学校の先生とかでも、生徒達にすごく嫌われていじめられているような先生とかにも、家族が居て子どもが居るんだよな、とか想像する時の気持ちも似ている。

 

この感情って何なんだろう?

 

それはもちろん私自身にもあるのであって、職場での自分、自分の子どもと向き合っている自分…私は私なので自分に対してキュンも何もないが、、、

 

自分以外の、自分と切り離された環境で、その人個人としてやっている姿にキュンと来るのか?うーんわからない。

 

違うのよ、違うのよ、お遊戯会や運動会見て感激~、成長が見て取れる~、とかそういう感覚じゃないの。私はむしろそういうの無いからあんまり。

 

なんか、、、家庭でこんなにズタボロにぐちゃぐちゃにぼろくそに戦地か、みたいに闘い、争い、いがみ合い、喜怒哀楽ぶつけ合いを経験しているのに、外の社会できちんとやっているの、、それって私だってそうだけどさ、、、

 

私の場合は、なんかそれを小出しにするっていうか、なんか裏表を作りたくなくて、うーんそれでも別に本当に辛そうには振舞えないけど、、、って何書いているんだろう。

 

早く子離れしたいというか、子離れって言う言葉じゃないなぁ、もう子育て疲れたぽ、って感じの日々なんだけども、それでも離れたら離れたで寂しくなるぜとか言う人も居るけど、

何事もバランスだよね。

 

って、普通に読める状態で置いておくけど、いつかアコは私のブログを読むんだろうか、笑。

 

別に、いつも全部包み隠さず言っているから、読まれても平気だけど。

そこら辺の生温い綺麗事並べ立てた子育ては、我が家には成立していないので。

 

すげーな、これ、笑。ベビーパーク時代から考えて、その流れでその後どうなった的に読んでいる読者からしたら、興味津々だろうな、笑。

 

まぁ、子どもとしてはとても個性的で、周囲はアコの事を将来有望みたいに皆言いますし、実際、まぁ普通じゃない感じは否めないですけど、親が全然手厚く面倒みないもんですから、逞しさや自立心は育ちやすいのか否か、うーんわからないけど、、、

 

ね、ああいう習い事系やらせているお母さん?!結局は、やっぱり親の日々の接し方って超影響あると思いますよ、何かをやらせたから、って機械的に望むような結果が待っているわけではないと思います。

 

私は相変わらず、ダメ親を名乗りながら、それでもどうなった、こうなった?って真実を記録していきたいです。あくまで参考までにね。

 

あこぎな商売みたいにこうしたら、こうなる!みたいに煽ってなんか売りつけようとも思いませんので、とっても正直です。

 

家庭保育園、ディズニーの英語システム、、、ことごとく持ち腐れているわね、爆笑。